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切子工房 箴光は、伝統的な江戸切子の技術を継承した独立切子士が製作する切子の工房です。

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江戸切子と薩摩切子の違い

江戸切子と薩摩切子の違い

切子工房 箴光>江戸切子と薩摩切子の違い

江戸切子
切子職人である私の方から江戸切子と薩摩切子の違いについて特徴も交えて紹介します。
・物理的な江戸切子と薩摩切子の構造の違い
・江戸切子と薩摩切子の歴史
・江戸切子と薩摩切子の値段の違い
あたりを紹介できればと思います。

似てるから「実際に何が違うの?」って疑問に思っている方もたくさんいるかと思います。

このページを見ることスッキリ解決すると思いますので、ぐっすり眠ってもらえればと思います。


また創業100年以上の江戸切子の工房で修業していた時の高齢の会長からお聞きした江戸切子の歴史をそのまま皆様にお伝えしようかと思います。


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切子工房 箴光(しんこう)を代表します独立切子士の斉藤光と申します。

営業担当や外注して記事を書くライターではなく、このホームページ自体を私がプログラミングして文字を入力しております。

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「江戸切子と薩摩切子って何が違うの?」という疑問が、私達が最初に直面する問題です。

色がついてるガラスをカットして透明な部分が出てきて同じ感じに見えますよね。


まずは写真をご覧ください。
江戸切子と薩摩切子、正面から見た時
左が江戸切子、右が薩摩切子です。

ちなみに右は鹿児島県の仙厳園で現地で趣味で私が購入したものです。


構造と歴史について結論から言うと、概ね以下の通りになっています。

江戸切子と薩摩切子の同じところ
・江戸時代に製造され始める
・二重構造の色被せガラスを主に使う
・どちらも多くの切子の枠組みの中の1つ


江戸切子と薩摩切子の違いの部分
・厚みが違う
・カット面の見え方が違う
・国の指定した伝統工芸品かどうか


物理的な江戸切子と薩摩切子の構造の違い

歴史的背景の前にまずは物理的に飲み口をご覧ください。
江戸切子と薩摩切子、上から見た時
江戸切子の飲み口は薄め、薩摩切子はかなり分厚いのが特徴です。


薩摩切子の素材の製法


薩摩切子のガラスの製法ですが、固まる前の透明なガラスのコップの底の部分に、逆向きに色つきのコップを付けます。

次に色つきのコップの生地を透明なコップに覆いかぶせるようにしてくっつけて二重構造にしています。
薩摩切子図解
ゆえに2個分のコップのガラスの厚みがあります。

3D的な厚みの観点で言えば江戸切子には絶対に無い特長です。


手触りがゴリゴリした感触が心地良く江戸切子には無いポイントだと言えます。

しかし、江戸切子の方でもカットをかなり深掘りすることでエッジの利いた触り心地良さがあります。

薩摩切子は凸を楽しめて、江戸切子は凹の部分を楽しめるようなイメージになります。


江戸切子の素材の製法


江戸切子はグラスの型の鋳物にまずは薄く色のついたガラスを吹き付けます。

その上から透明なガラスを吹き付けて二重構造にしています。

鋳物からガラスをはずす際に「ポカン」と音がするのでポカン工法と呼ばれています。

薩摩切子のガラスとは製法が異なるものです。


カット面の違い


カット面についてもご注目下さい。
江戸切子と薩摩切子、斜めから見た時
左の江戸切子はくっきり細いカットの線が出ています。

右の薩摩切子はカットした部分と色の境界が曖昧で全体的にぼやっとした印象です。

これを薩摩切子では「ぼかし」と呼んでいます。


色の境界があいまいなグラスは、外国の製品でも多くあります。

個人的には江戸切子の方が日本の独自性があると言えるような気がしますが好みの問題です。
江戸切子と薩摩切子、正面から見た時
自分が気に入った切子を選択することが重要です。


カットは江戸切子も薩摩切子も工業用の切削機材で大きく削る方法は同じです。
ダイヤモンドホイール、江戸切子
それをどのようにカットして仕上げていくかは個々の工房による違いです。


例えば、江戸切子という枠組みの中でも工房ごとによってカットの角度は違います。

工房によりカットの特色が出ます。

90°など、山が高ければ谷の深いエッジの利いた手触りの良いカットになります。

また140°くらい浅い角度で削れば色を取りながら幅の広いカットができるので、山の高いカットとはまた違った表現が出来ます。


工房ごとに道具も違えば、カットの方法も違いますし、磨く方法も違います。

工房の特色によって出来上がる切子もだいぶクオリティが違ってきます。



製品画像をポンと置いて販売しているだけの工房よりも、製作時の詳細な情報を提供している工房の方が安心感があるので、そこらへんも見るポイントかと思います。


切子の世界の全体像


日本国内には様々な種類、名称の切子(カットグラス)が存在しております。

例えば、愛媛のぎやまんと呼ばれるものも切子だったりします。

江戸切子と薩摩切子も切子という大きな枠組みの中の切子のひとつのブランドの種類です。

イメージとしては以下の通り。
江戸切子と薩摩切子の位置づけ
ドトールとスターバックスのような関係です。

どちらもコーヒー飲めるし、店内の雰囲気も似てるからから何が違うの?と思う感覚に近いかもしれません。

大きな枠組みは同じでブランドによる違いという感じです。


江戸切子の歴史

江戸切子は1830年代(天保1年:江戸時代)、日本橋の江戸通りの藍町(しおまち)というところが発祥とされています。

加賀屋、在原屋などのビードロ問屋がこの江戸通りに並んでいました。
江戸切子の起源
東京駅の少し北側に伸びる黒い線の部分が江戸通りです。


江戸時代の商品カタログ


公的に証明できる資料として加賀屋のビードロの資料が残っています。

そこに透明なガラスにカットを施した江戸切子の絵が残っています。
江戸切子の歴史
江戸時代の引札、当時のカタログにあたる資料が現存しています。 様々な硝子製品が記載されているカタログです。

中心からちょっと右下らへんが江戸切子の製品の部分です。


江戸切子の昔の製法


江戸時代の当時は木の棒に金剛砂(こんごうしゃ)という目の粗い砂を水に混ぜたものを塗布して削っていたそうです。

製作日数も今と比べて遥かに長かったそうです。


昭和まで、金剛砂(こんごうしゃ)という粗い砂を水に混ぜて削る方法は行われていました。

私の師匠のさらに師匠から聞いた話では、一日中回転する木の円盤に金剛砂を流し続ける仕事を3年していたそうです。

気が抜けて金剛砂の流すのを止めてしまうとカットしている上の人にひどく怒られたとおっしゃっていました。


会長の貴重なお話


加賀屋や在原屋などの昔ながらの江戸切子を作っていた会社は消滅し、その会社独自の技術等の継承はありません。

しかし、職人個人個人単位での技術の継承は行われていました。


明治時代(1868年~1912年)になって品川ガラス工業所の9人のガラス職人がイギリスから来た技術者からカットの技術を学び、その技術を広めて今に至ります。


1984年(昭和59年)にアメリカやヨーロッパからカットグラスが大量に入ってきました。

日本のカットガラスの技術が消えようとしていました。

それを危惧して東京ガラス製品組合のあと押しで、組合が東京都に申請して江戸切子が伝統工芸品に指定されました。


当初は透明なガラスばかりにカットしていました。

しかしカット技術を強調できる色被せガラスを考案し現在の形になりました。
江戸切子の素材、色被せガラス
ポカン工法と呼ばれる方法で、 透明なガラスの上に薄く色付きのガラスを被せることで二重構造とします。


カットをすると表面の色付きの硝子が無くなり、下の透明な部分が現れてグラデーションになるというものです。
江戸切子、ロックグラス
降光ロックグラス

この二重構造のガラスを「色被せ(いろきせ)ガラス」と言い、江戸切子には欠かせないものです。

色被せガラスについては「切子とは」のページに作り方と構造を写真付きで丁寧に説明してあります。

合わせてご参照下さい。

この話は当時修行していた創業100年以上の老舗の江戸切子の工房のご高齢の会長が直々に教えて下さった内容で、とても貴重な話です。


会長が直々に知識を教えたのはそれが最初で最後でした。

切子職人や販売スタッフを集めてみんなの共通認識として知っておいてもらいたいとのことでした。


大元はポルトガルの技術?


1639年~1854年まで日本は鎖国をしてきました。

それでもその間に長崎の出島ではポルトガルやオランダと交易してきました。
薩摩切子の起源
ポルトガルでも古くからのカットガラスが存在します。

ポルトガルからガラスのカット技術が入ってきたものだと推測されます。


江戸切子と薩摩切子の歴史としては1800年頃に公的な資料が残っているというだけで、1800年頃にいきなりその技術が確立されたとは考えにくいです。

公的な資料は無いにしろもっと古くからカットガラスの技術の進歩は行われてきたのだと推測されます。



今では大正初期の江戸切子に比べ、カット技術もより進化し、複雑で独自の進化を遂げていきました。
江戸切子、ショットグラス
ショットグラス一覧

世界的に見てもカットのクリアさと色被せ部分の濃さの明暗がハッキリしたグラスはあまりありません。

この明暗のグラデーションがハッキリ出てこそ、日本が世界に誇る切子(カットグラス)かと思います。
江戸切子フルートシャンパングラス



薩摩切子の歴史

弘化3年(1846年)に薩摩藩の島津家27代当主島津斉興が化学薬品を取り扱うためにガラスを製造したことがきっかけとされています。


その後28代島津斉彬が藩主になると着色ガラスの研究が進み、現在の薩摩切子の形になりました。


江戸切子が庶民の間で広く広まったのとは違い、島津家の管理下で「集成館」という工場でガラスの製造は行われました。


安政5年(1858年)にイギリスとの戦争がありました。

イギリスの戦艦に砲撃を受けて工場が壊滅し、わずか12年で製造が中止。

技術は完全に途絶えてしまいました。
薩摩切子の起源
工場は無くなりましたが、尚古集成館(しょうこしゅうせいかん)という資料館が1923年から現存しています。

鹿児島仙厳園に隣接して存在していますので興味のある方はどうぞ。



技術は一旦完全に途絶えてしまったが、それを現代に復刻しようという取り組みで1985年に当時の資料から再現して出来たのが現在の薩摩切子です。


当時の技術は完全に失われているので、昔から技術が途絶えずに続いてきたわけではないので 「
国が指定した伝統工芸品」ではありません。


鹿児島県が定める工芸品にはなっていますが、国が指定した236個の伝統工芸品には指定されていません。


江戸切子は国の指定を受けています。
国の指定する伝統工芸品、江戸切子


透明な部分と色がついている部分の境界があいまいで、これを「ぼかし」として特徴づけて販売されています。
薩摩切子



江戸切子と薩摩切子の違いのまとめ

少し長くなったので、改めて要点をまとめます。


江戸切子薩摩切子違いまとめ



江戸切子と薩摩切子の同じところ
・製造され始めた時代は江戸時代で同じ
・二重構造の色被せガラスを主に使う
・どちらも多くの切子(カットグラス)の枠組みの中の1つ


江戸切子と薩摩切子の違いの部分
・江戸切子は薄く、薩摩切子はガラス2枚分の厚みがある
・江戸切子はカット面がシャープ、薩摩切子はカット面の境界が曖昧
・江戸切子は国の指定した伝統工芸品、薩摩切子は鹿児島県だけが定める工芸品



起源はどちらが先?


起源として、江戸切子と薩摩切子のどっちが先?という質問もあります。

公に証明するなら、江戸切子の方が公的資料が早く残っているので江戸切子が先という認識です。

しかし、大元のポルトガルあたりから出島を通じてカットグラスの技術が入ってきたことを考えると薩摩切子の方が起源は先と推定します。

根拠は無いので、証明はできません。


どちらが高い?


江戸切子と薩摩切子どちらが高い?という質問もあります。

平均的には薩摩切子の方が高いイメージです。

たとえば、薩摩切子のぐいのみは3万円くらいしますが、江戸切子の場合1万円前後で買えるかと思います。


しかし、江戸切子にしろ、薩摩切子にしろ、個々の工房で切子を販売するに至るまでにかかるコストはかなり変わります。

薩摩切子より高い江戸切子もあるだろうし、江戸切子よりも高い薩摩切子もあるかと思います。


でも多分調べた結果「なんとなく江戸切子の方が安いなぁ」という結論に至るのではないでしょうか。


当工房の切子も業界内で見たら安い方に入るのでご検討頂けると幸いです。

また製品数は115種類以上で、日本でもトップクラスの作品を製作しております。

ウィンドウショッピングしていって頂けると幸いです。
江戸切子全製品一覧
製品一覧


下は工芸品に対する個人的見解なので、あまり重要ではないので読まなくてもいいです。

工芸品に対する個人的見解

私個人としまして、伝統工芸品であろうがなかろうが、国が指定していようがいまいが、本質は「その切子がきれいかどうか」が一番重要だと思います。


伝統工芸品はあくまで国のルールに乗っ取って条件を満たしたいわばお役所のお偉いさんがハンコを押したものでしかありません。


そんな国のルールから少し外れたくらいで伝統工芸品ではないと言われてしまっているものが世の中にはたくさんあります。


私は日本の全47都道府県を回って各地の工芸品を買って回りましたが、伝統工芸品という定義から外れてしまっているが、工芸品、人の手で作った素晴らしい物はたくさんあります。
全国の工芸品
全部は置けませんが、テレビの周りに全国で買った工芸品とかを置いてあります。
なまはげのお面
伊賀忍者の鉄製の手裏剣
曲げわっぱ
長崎チロリ
べっ甲の船
赤べこ
はりこ
薩摩切子
輪島塗り
南部鉄器
はりせんぼんちょうちん
甲賀の組紐
お遍路の四国のお寺を八十八か所回った御朱印帳
などです。


テレビの左の「生きろ」と書かれた龍の絵がありますが、栃木県の日光の一筆龍といって一筆書きで登り龍の本体が書かれている工芸品ですが、伝統工芸ではありません。

龍の手に持っている玉は願い事で、願いを持って天に登っていく龍の姿で縁起物です。
伝統工芸品じゃなくてもとても素晴らしいものです。



余計な情報に惑わされずに、ご自身の目で良いと思ったものを選択するべきだと私は思います。





カットの手法に関しては個々の工房ごとに技術が違うので、「こうやってカットするのが江戸切子、こうやってカットするのが薩摩切子」という江戸切子と薩摩切子の区分ではなく、個々の工房ごとの違いと言えるでしょう。



職人が物事をどれだけ真剣に考えているかで職人の腕が顕著に変わってきます。


私が過去に尊敬する江戸切子職人に出会ったのは江戸切子の世界に入ってわずか4年で見事な大皿をカットしていた若い方です。
江戸切子展
当時見た江戸切子の大皿。4年でこれほどの物が削れています。


当時実際に別の江戸切子の工房に所属しているこの製作者の方とお話させて頂きましたが、やはり自分でしっかり考えて行動している人は作るものも違うなという印象がありました。


この経験から職人歴よりも職人として何を考えてどう行動しているかが重要なんだということを学ばさせて頂きました。



ダイヤモンドと切子

余談ではありますが、ダイヤモンドのカット技術も19世紀頃から伸び始め、現代の主流であるブリリアント・カットの手法が発明されました。
ダイヤモンドカット
ガラスカットの技術やダイヤモンドのカットの技術が同時期に伸び始めたのは、共通する何かがあるのかもしれません。



当工房でもダイヤモンドのブリリアントカットを参考に調整してグラスの底にあしらった「ダイヤ底」というきれいな型もございますのでご参考にして頂ければと思います。


shop info店舗情報

切子工房 箴光

〒359-1128
埼玉県所沢市金山町11-11
E-mail:kirikoshinkou@yahoo.co.jp
※通販、オンライン販売のみ行っております。

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